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パイナップルの歴史小話2

 

 

☆クック船長より遅かったパイナップルのハワイ登場

ハワイアンと名のつく料理に多く使われたり、ハワイをイメージさせるデザインモチーフにもよく登場するからでしょうか。パイナップルは、もともとハワイのものと思っている方も少なくないかもしれません。

 

しかし、中南米生まれのパイナップルがハワイに持ち込まれたのは、クック船長がハワイを発見した1778年よりも後の事。ハワイが貿易航路の拠点となった時代で、初代カメハメハ1世のアドバイザーであるスペイン人園芸家が持ち込んだと言われています。

 

さらに時を経た1901年、広大なパイナップルプランテーションがジェームズ・ドールによって建設されてから、その歴史の一歩を大きく踏み出します。

 

 

ここでは、アメリカでのパイナップルの歩んだ道。それにまつわる逸話をご紹介します。

 

☆レシピでアメリカ全土に広がったハワイのパイナップル

 天然の温室のようなハワイは、パイナップルにとってまさに理想の土地でした。ただ、輸送の問題が大きく立ちはだかり、ハワイのエリート層やゴールドラッシュで沸くカリフォルニア市場のためにしか生産されていませんでした。その後、缶詰加工技術が導入され、常に同じ品質のものをどこにでも届けることが可能になると、ハワイのパイナップルは勢いづきます。「ハワイのパイナップルの缶詰を一人でも多くにアメリカ人に!」市場拡大を目指して展開されたのが、広告。そして、レシピの配布でした。

 

特にレシピは効果あり。当初は著名料理人によるパイナップルコンポートやゼリーなど、デザートやフルーツサラダの類がメインでしたが、改訂版ともなると、「思わず食べたくなる99のパイナップル料理」と題され、肉料理・魚料理への活用も登場。さらには、レシピコンテストも開催されるようになると、アイデアに満ちたパイナップル料理の数々が次々と登場したのです。

 

憧れの素材でしかなかったパイナップルに、我が家のキッチンで出会ったアメリカの主婦たちは、嬉々としてレシピ作りにトライしたのでしょう。そうやってパイナップルの缶詰は、アメリカの家庭での市民権を得たのです。

 

 

☆楽園の夢を食べる

 ハワイが原産ではないパイナップルが、現代ではハワイの顔?! そうなったのには理由があります。

 1920年代。アメリカ本土とハワイの間に、大型の定期客船が就航するようになりました。そのビジュアルモチーフとして、パイナップルが使われたのです。

 

 豪華定期船に乗って訪れる憧れの楽園ハワイ。ワイキキのビーチサイドにあるロマンチックなホテルでは、パイナップルで飾り付けられたテーブルとフラダンスを踊る美女が観光客たちを待ち受け、まさに楽園を演出しました。その後、船が飛行機に代わり、飛行機によって大量輸送時代が訪れても、それは変わりませんでした。

 

 生であれ、缶詰であれ、ハワイのパイナップルを買って食べる。それは、まさに夢の実現だったのです。

参考

イメージの楽園(ちくまライブラリー)

パイナップルの歴史(原書房)

果実の事典(朝倉書店)

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